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手が届く範囲の

by Ryota Nagashima

 居心地の良い空間とはどんなことを言うのだろうかと、目の前で大好きな人たちが楽しそうに話しているときにふと考える。

たまたま全体を見ることのできる席に座れたのもあって、一人ひとりの顔をじっくりと眺めてみた。

戯けたように笑ってみせたり、

真剣にうんうんと頷いてみたり、

話に聞き入っていたり、

人ってほんとうに多様な表情を持っているのだなぁと改めて思う。

例えば、げらげらと笑っていたのに、

次の話ではすーっと聞き入って真剣にうなづくような空間はとても豊かだ。

話し手と聞き手があって、会話が生まれて、

誰かが突然ぽつりぽつりと話し始めるとそれを受け入れようと自然と周りが受け手にまわる。

会話の豊かさは多様性であるのだろう。

その多様性を認める寛容さみたいなものを持ち合わせている人たちが作り出す空間はとても居心地が良い。

その居心地の良さは一人ひとりの表情から読み取ることができるんだと知った。

そして会話に夢中な当の本人たちは、それが"寛容さ"であるとは思っていない。個性として当たり前にあるものとして話が進んでいくから。

僕はそんな多様性のある空間に心を奪われていった。

自分たちが影響を与えることのできる範囲ってどんなに頑張っても半径10キロ圏内くらいなんだって、地元の有機農家さんが言っていた。まあこれは一種の比喩表現であり、ようするに手の届く範囲の人たちとずっと関わり続けて、影響しあっているということだ。

その時は、やっぱり影響力ってあまり広がらないんだよな程度の解釈で、自分の中に落とし込んでいた言葉が、目の前の会話を見ながらふと思い浮かんだ。

そして、

ああそうか、それでいいのかと。

エゴでも諦めでもなく、本心から

自分と自分の手が届く範囲の人たちが幸せであればいいんだとおもった。

でもそれって無限の広がりを持つことでもあって。自分の身近な人たちへの影響は、その身近な人たちがまた他の人たちへと繋いでくれる。

そこに直接的な繋がりは必ずしも必要はないのだろうし、幸せはそうやって広がっていくものなのかもしれない。

「友達の友達は友達だろう。」

そんな考えがきっかけで、僕たちはそれぞれの身近な友人を招待して食事をした。初めてあった彼らと話すとどうしたものか、共鳴する部分が多く見つかった。おそらく僕は、彼らの中に自分と似た何か、もしくは自分自身を見たのだろう。その理由は、影響し合う大切な友人たちがそれらを彼らの友人たちにも与えているからとしか思えなかった。

「友達の友達は友達の会」

それぞれが大切な人たちに声をかけて、

自分の友人に友人を紹介します。

すると今日初めてあった人たちばかりなのに、

なぜか波長があって居心地の良い空間が生まれました。そんなときに考えていたことを言葉に残して。

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