LOG IN

好奇心という才能

by Ryota Nagashima

11月は自分にとって一区切りの月なので、

最近の学びを文字にして残そう。

まず第一弾は、「好奇心」について。

当たり前のことを結論として最初に言う。

「学びは好奇心によって生まれ、一つの好奇心は次々と結びつき、それは終わりのないわくわくへと繋がる。」

3ヶ月のボランティア生活で僕はとにかく何でもやってみるようにしている。周りにはその道のプロフェッショナルがいるから。

畑、工芸品、狩猟、踊り、料理、絵画に機械とまあ色々とやらせてもらった。プロフェッショナルは一切手を抜かない。だからとにかく吸収しようと毎日必死に食らいついている。

3ヶ月もいると色んなボランティアが出入りするわけで、ボランティアによって周りの人の態度も変わってくる。じゃあ何で変わるのかというとこれだけ。

「相手に興味を示すかどうか。」

言語の壁なんて全く関係はなく、とにかくボランティアがそれぞれの人の仕事に興味を持って懐に入るかで、地元の人の態度は180度変わる。

興味を持って近づくと相手はどんどん乗ってくる。そしてとにかくあれやこれやと話してくれる。がーっと話し出すと止まらない。その道を極めているから面白い話がバンバン出てくる。

そのうちにお前もやってみるかとなり、

集中してやり方を聞き、動作を見て、頭で繰り返す。ほらやってみろに対してとにかく全力で行う。そうすると次はこれだと続いていく。

実際にそうやって最後にはご飯を食べさせてもらったりして、最高の時間が過ごせたと言い国へ帰っていくボランティアも何人も見てきた。

そしてそれを知ってる僕は何でも面白そうに感じるので「やらせてください!」の一点張り。

やらせてもらった後はそれらが自分ごとになっている。プロフェッショナルに触れたことで面白さのほんの一部分を見せてもらったので(ビギナーズラックみたいなもの)深く知りたいという欲求が生まれて、そこから学びが始まる。すると一気に世界が広がると同時に一つの軸ができるから日々の生活をそれらと関連付けることができる。結果、毎日が楽しい。

言葉にするといかにも簡単そうだし、

すでに分かっているよって人からすると何てことないことなんだけど、

これがいかに難しいことなのか僕はリーダーを務める中で嫌というほど実感した。

好奇心とは、

一種の才能であること。

そしてもちろん後から身につけることはできるのだけど、その為には

自分自身でマインドを変える必要があるということ。

いかに難しいかを物語る体験談を一つ。

ボランティアの一人に高校を卒業してギャプイヤーを取って参加しているヨーロッパの子がいる。大学に入る前に1年間海外を旅する選択をすることは素晴らしいし、日本について学びたいという理由で参加してくれた。

こちらも充実したものになるように学びとなるおまけのプログラムもいくつも用意していて、

参加者に参加を決めてもらっている。

しかし彼は参加せずひたすらスマホゲームを選ぶ。日本にしか無いようなものが周りにあってもあまり興味を示さない。

そしてとにかく聞いてくる。

「今日は何をすればいいの?」

「休みの日の予定はなに?」

僕はなるべく自分の意思で決めてほしいという思いもあって、時に選択肢を与えて選んでもらおうと3ヶ月間働きかけたが結局「指示待ち人間」のままだった。

もちろんスマホゲームに熱中することはそれはそれで素晴らしいのだけど、他に面白いものが山ほどある中でチラ見でもいいからしてくれれば彼にとって良いものになるかもしれないと思ったから。

もちろん彼の人柄は好きで、その他の面でも素晴らしい部分はたくさんあるのだけれど、この事に関しては全くというほど変化がなかった。

これは自分にとって残念であったし、

「好奇心」を"持たせる"難しさを知った。

そもそも好奇心は"持たせる"ものではないのだけれど。

「〜がしたい。」を持たない人生は深さも面白みもないだろうなんて言葉にすれば誰もが思うのに、それが実際は難しい...。

「好きなことを仕事にする。」という言葉が一人歩きしている中で、僕が好きなことを仕事にするには、いきなり食わず嫌いはしちゃいけないと思ってる。

まず第一にその道のプロフェッショナルがなぜそれらに好きを見出しているのかを知ること。

そして自分の中に好きの選択肢をたくさん作ること。

そうやってヒットアンドエラーを繰り返しながら時に異なる好きを組み合わせたりして見つけていくものだと思ってる。そりゃぱちんと一発で好きがハマれば言うことはないけどさ、なかなかそんなことって起きないわけで。

僕は好きの選択肢を増やしている最中。

最近は急須で入れるお茶の温度と熱燗の温度の最適値を見つけようとしたりとなかなか変わったことも試してる(笑)

近所のばあちゃんが入れるお茶が自分で入れるのより格段に美味しくて、何とか自分も美味しいお茶を淹れられないか模索中。

そうそう。「生きる」のプロフェッショナルは田舎のじいちゃん、ばあちゃんだ。

OTHER SNAPS