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今日も歩く。

by Ryota Nagashima

この旅を表す言葉としてひとつ選ぶとしたらそれは「歩く」だろう。

早朝のバス停、まだ日が昇らない時間にルアンパバーンの中心部まで歩いたこともあったし、プノンペンは1日かけて自分の足だけで見て回った。

東南アジアはもちろん暑くて、毎日汗をこれでもかというくらいにかくけれど、

その分シャワーを浴びたあとの現地の料理と数十円のビールが堪らない。

今回の文章はこの"歩く"を最大限に美化して言葉に表すことにしよう。

昔の旅人は本当に凄い。

それは旅をしているとつくづく感じる。

街は今ほど発展していなく、交通機関もままならない。テクノロジーなんて言葉すら使われていない時代に、それでも人は旅をしていた。

それは「深夜特急」や「サハラに死す」といった旅人のバイブル的な本を読んでも感じられることだろう。

ネットでチケットを予約して、Googleマップで目的地を検索している僕なんかからすると、もはやその苦労は天と地ほどの差があるんじゃないかと思う。

それでも、

"歩く"という行為は今も昔も変わらず、

旅人に与えられた平等な移動手段だ。

そしてもっと言えば、

人類が二足歩行を始めた時代からずっと行われてきた行為である。

この"歩く"という行為そのものには貧富の差というものもない。

"歩く"という行為こそ、

変わりゆく人類の歴史の中で最も不変的なものだ!

なんて言える気もしてくる。

右足の次に出てくるのは左足で、その次は必ず右だ。

'歩く"の歴史の中で右足のみで歩き続けた民族はいないはず。いや、いたのかもしれないけど。いたのならぜひ見てみたい(笑)

そしておそらくこの"歩く"という行為は

他がどれだけ便利になろうとも形を変えずに残り続けると思っている。

"歩く"には単なる移動手段の1つであるにとどまらないものを秘めている。

例えば友人や恋人と歩く時、僕たちはほとんど無意識的に相手のペースに合わせるようにしている。そしてコミュニケーションが生まれる。人としての温かみみたいなものが感じられるのがこの"歩く"という行為である。

またこれは旅をしていて感じたことだけれど、"歩く"ことでよりその土地を知ることができる。歩くスピードが、「見て、知る」ことに適しているのだろうし、現地の人たちと同じ視点で物事を考える事ができるから。

普段何気なく行なっている行為が実は、

人類の最も不変的な行為である!

なんて考えたら、

"歩く"って凄い!と思えてきませんか??

さらに一言。

"歩く"とはテクノロジーに抗い続ける最後の手段である。

(笑)

そして最後にとどめの情報を1つ。

人類が生涯で歩く走行距離はなんと、

地球3つ分なんだって。

こんなにも広い地球を3周もできるほどの力を僕らは持っている。そんなことを知ったら多少の距離は歩いてやろうと思うわけで。

grab便利だけどね。

呼んだら目的地まで運んでくれて、

料金もめちゃくちゃ安いって魅力でしかないのだけれど。

それでも歩いたからこそ見えた景色はこれまでもいくつもあったから、

だから今日も歩くことにしている。

以上、"歩く"を最大限に美化してみたフィクション交じりの文章でした。

別に歩くを浸透させたいわけでもないのだけれどね(笑)

それとテクノロジーによってダイバーシティが上がって、歩くことが出来るようになる人が増えることは素晴らしいことです。

僕はテクノロジーの進化、大歓迎です。

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