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暮らしと観光

by Ryota Nagashima

※Facebookに投稿した文章をブログ用にしたものです。本気で書きました。
ブログはすらすらと心ゆくままに書いた雑文だから、書くのに苦労したこの文章はFacebookだけでいいかなとも思ったんだけど、前回書いた初めての街紹介ブログの最後に、なぜか次のブログは本気で書きますとか宣言しちゃったので(笑)

Facebookに比べて写真も多く、改行も使って見やすくしたので既に読んでくれた人もぜひ読んでみてください。


宗教が大きな役割を果たし、結果として持続可能な暮らしがルアンパバーンにあることを知る。
そして、それを破壊しているのは観光客であったり、経済成長をのぞむ僕たちであるという話。
現地にずっと住む人から話を聞いてとても考えさせられたので残しておきます。
長くなりますが読んでほしいです。

きっかけは托鉢を見ていた時。
ルアンパバーンはとくに信仰に厚く、
現地の人たちは日が昇る前からお坊さんに備えるもち米を用意して道に座る。
托鉢が始まり、たくさんのお坊さんが街を歩く光景は部外者の僕でさえ背筋が伸び、宗教の力を感じた。ただ個人的により気になったのが、現地の子供達が袋を広げてお坊さんから餅米を貰おうとしている光景。

この子達はどこに住んでいるのか気になった僕はこっそりとその子供たちの後をつけてみた。

そして辿り着いたのは朝のマーケット。
お母さんと小さな子供たちがそこにはいて、おそらく餅米はこの家族の食料になるのだろうと思った。この時は貧しい人たちはこうやって生活しているんだという事を知って、ルアンパバーンの現状を垣間見たんだと思った。

興味深いのはこのあと。
現地に住む日本語が話せるガイドさんと長時間話す機会があって疑問などをたくさん聞くことができた。
その人に托鉢で見た子供達の光景を伝えると、その答えが僕にとって新たな気づきを与えてくれた。

まず、托鉢におけるお供物を子供たちが貰うというのは普通のこと。そこで貰ったものを家族みんなで食べるから飢えるということはない。

そして貧しくても農業があるからお金をかけずに生活ができる。
さらに興味深いのが、子供は誰でもお坊さんになることができて(僕は絶対にならないといけないと思っていたけど必ずしもそうではないみたい)
お坊さんになれば托鉢を通してご飯を貰え、勉強も習うことができる。
どうやらお寺は厳しいらしく、1人の大人として成長する場でもあるとのこと。
托鉢を通して貰ったご飯やお菓子は余った場合に、自分の家族に渡すことができて、そのおかげで貧しくても家族はご飯を毎日食べられる。(ルアンは人の住むところとお寺が同じ場所に混在しているから歩いて取りにいくことが可能)

ではどういう子供がお寺に行くのかと聞くと、いつでも誰でも所得関係なく行くらしい。

ただルアンは一世帯あたりの子供の数が多いから親が小さい子の子育てのためや、仕事を行うために14.15歳くらいの子供をお寺に生かせることが多いそう。
子供は家にいてもする事があまりなく、悪さに対しての説教に手が回らないため、お寺に面倒を見てもらうらしい。

そうやってお寺で学び、一人前になってお寺を出て一人暮らしをする。その間、家族は托鉢によるご飯を食べさせる事もできる。

この経済圏ってかなり出来上がっていると思うのは僕だけだろうか?
もちろん良い面だけを切り取っているというのもあると思うけれど、
食べ物は自分たちで作り、足りない物は街の中で循環。
親の仕事や子育てのサポート、さらには学びの場としての寺院が機能している。
最初に子供たちを見たときは単に貧しいとしか思えなかった光景の見方が変わった。
実際にラオスは自殺率がとても低いと今日知って、妙に納得した自分がいました。

長いですがまだ続きます。

しかしこの経済圏を壊しているのが僕も含めた観光客の存在である事も数日間過ごして分かった。
ガイドさんは、

「街が世界遺産に登録されて現地の人は嬉しくない。」

と語っていた。
自由に農業ができなくなり、音楽を流したりすることもできなくなった。店を出すのにも申請が必要でそれが面倒だとのこと。

街自体は注目を浴びて多くの観光客が訪れる。目の前で裕福な人たちが楽しそうに歩いていく姿を見て、自分たちの生活と比較することになる。
相対的に見たときに自分たちの貧しさを知り、しかし世界遺産として街並みを守る必要があるため、中の人たちは変わらない生活を求められる。

実際に托鉢を見学したときは、マナーの守れないアジア人が多すぎて幻滅した自分がいた。
(政府は近いうちに何らかの対処を取るらしい)

また中国-タイ間を結ぶ新幹線を作るためにメコン川に橋をかけているのも見た。従業員のほとんどは中国人らしい。

こうやって現地の人達の生活は観光客によって変えられつつある。
ずっと信仰続け、毎日の恒例行事である托鉢が観光の目玉となり写真を撮られ続けられている現実に怒りをもたない人がいるだろうか。

観光でお金を現地に落とす事ができる。
より豊かな生活のための支援。

とか、
一見すると良い事のように見えるけど、
それは時と場所によって全然違うということを考えさせられる時間だった。

ここから持続可能な生活を地球規模でおこなうためにはどうするかなんて事も考えたけど長すぎるから、もっと色々見てから言葉にしてみようと思います。
重要なことは
観光客の一人として、自分自身も良くも悪くもその地域の経済に関わってしまうということ。
この事は忘れてはいけないと思って書き残しました。



Ryota Nagashima
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