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教科書の文字の中で人は生きていた。

by Ryota Nagashima

信じられないほどの数のバイクと鳴り止まないクラクション。
簡易的なベンチに腰をかけてフォーを啜る人々。
至る所で目にする英雄ホーチミンの姿。

ベトナムの首都ハノイ。
この地で僕はいくつかの博物館と建造物を訪ね、様々なことを考える機会を得た。

フランスの植民地として長い歴史を持ち、当時、ベトナム人の反逆者が捉えられていた収容所を見て、数多くの非人道的な行いがあったことを知る。

第二次世界大戦が始まり、日本がベトナムに介入したこと、またその時期に大飢饉があったことを知る。

冷戦時、ベトナムの地が戦場となり
世界の縮図となったベトナム戦争の悲惨さを知る。

そしてベトナム戦争が終わり、
ホーチミンの存在と現在のベトナムを知った。

もちろん教科書を通して"読んで"はいたし、大学の授業を通して、枯葉剤がまかれている映像を見て心を痛ませたことはあったけど、ベトナムを訪れて、初めて知った。
正確に言うと、
知らなかったことを"知る"ことができた。

この地で40年前まで戦争が行われていて、多くの命が失われていた。
親の世代は戦争経験者と考えると最近のことだというのがより実感として湧いた。

これはたまたまだったのだけれど、
ハノイで最後に訪れたのがここ。

セント・ジョセフ教会。
この教会はフランスの占領が始まった19世紀に、パリのノートルダム大聖堂をモデルに建設された。
国民のほとんどが仏教徒であるベトナムで、現在においても異色な気を放つ建造物。まさに"違和感"という言葉がぴったりだった。
けれど、とても美しかった。
ステンドガラスから差し込む光と、建物としてのデザイン。
これはおそらく仏教のお寺を見過ぎたことによる飽きと、10年間キリスト教学校に通っていで教会に勝手な親近感を湧くようになっている自分だから。
というわけではなく、多くの人が美しいと感じる建造物なんだと思う。当時の人々の中にもそう感じていた人はいたはず。

戦争が終わり、この教会は長い間使用することが禁止されていた。
1990年に再開した現在はベトナムの地に住むキリスト教徒が訪れている。

教会の中に座っていて考えていたことがあった。それは当時、北側に住むベトナム人のキリスト教徒のこと。
少数ながら必ず存在していた彼らは、
今日までどうやって生活してきたのかを考えると、それは過酷なものだったことが容易に想像できた。
ベトナムにとってフランス人は敵で、
教会はもともとそこにあった歴史的な建造物を壊して建てられたもの。
多くの人が反感を持っていたに違いなく、そして戦争が終結したあとも北側に住むキリスト教に対する世間の風当たりは相当冷たかったに違いない。

大多数のベトナム人が直面していた歴史を知ることができた。
そして博物館には残らない人たちのことも少しだけ思いを馳せることができた。
その勇敢さや強さは今を生きるベトナム人にも必ずあるものだと、実際に訪れて感じることもできている。歴史を知るには教科書を読むだけでは分かるはずがないってことって当たり前だけど、なぜか鵜呑みにして物事を考えてしまうよね。

「教科書で書かれている文章の中で人は、
実際に生活をして、戦争があって、そこで生きている。」
これらを"知る"ことはとても大切なことだと考えているから、楽しい旅の間に歴史を知る時間をいくらか取るようにしている。

なんてことを考えていると、
うるさいクラクションも(いま読んでくれているあなたが想像している5倍はうるさい。日本の100倍くらい鳴っている!)
ベトナム人が長い間かけて勝ち取った独立から、自分たちはここにいるんだという主張に聞こえてこなくもなくて、、、
考えすぎかな(笑)


Ryota Nagashima
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