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言葉にはできない、けれど伝えたい想い。

by Ryota Nagashima

必死に絞り出した言葉でさえ、
過去に何億回と使い倒された言葉であるのに、人はどうして言葉を紡ぐのか。
ずっと疑問だったし、書く度に自分に投げかけていた。

一方で、
同じ言葉でも伝わる言葉と伝わらない言葉がある。
どちらも同じことを言っているのに、
どうしてこうも感じ方が違うのか。

SNSが当たり前に利用されて、個人が好きな事を好きなように書けるようになったことでこの疑問は大きく前に出てきた気がする。少なくとも自分にとっては。

これらの疑問に対して、もしかしたらこうなのではと最近思うようになってきた。
もちろん正解ではないし、そもそも正解なんてない疑問であるとは思っているけれど。

人は言葉にはできない、伝えたい想いみたいなのが心の中にある。
けれどそれを言葉という枠にはめてしまうとありふれたものになってしまい、やっぱり伝わらなくて。
それでも伝わるといいな、届くといいなと思って発してみる。
すると時々、受け取った相手がその言葉を解釈する。大抵は発した言葉と相手が受け取った言葉の意味は違っているけれど、
ここに嬉しさやもどかしい気持ちが生まれて、また伝えたいと思う。

だからこそ心の中にある、言葉にはできない伝えたい想いを人は紡ぎ続けるのではないかと考えるようになった。

そう考えると、同じ言葉でも感じ方が全然違うというのも説明がつく。
その言葉が心の中にある伝えたい想いなのか、単に発せられた言葉なのか。
単に発せられた言葉には、
一見、良い事を言っていてかっこよく見えるのだけれど、そこに想いはない。

心の中にある伝えたい想いは、
その人自身が経験して、悩んで、考えて
そうやって発せられた言葉。
この言葉が例え、過去に何億回と使い倒された言葉だとしても受け取る側には響くのだと思う。

そして使い倒されたという表現を使ったが、実は違っているとも思う。
確かに言葉としての形は同じかもしれないけれど、その言葉に込められた想いは人によって違う。だから発せられる瞬間に新しい言葉が生まれるという表現の方が正しいのではないか。
そうやって考えてみると、
ありふれた言葉は途端に生き生き見えてきて、伝われーっていうパワーみたいなものも感じられて面白いんだよなぁ。


Ryota Nagashima
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