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物語

by Ryota Nagashima

去年の日記を見返していたらこんな話をメモをしていた。

過疎が進んでいるふるさとに対して、
自分は何ができるのかを考えて、
結果、お墓の周りの草刈りを行うことを決めた老人がいた。
過疎に対する少しの抵抗だと言う。

過疎のスピードはほとんど変わらず進行していて、老人の抵抗は虚しいものだ。
これは紛れも無い事実であって、老人も自覚をしていた。

その日も老人は草を刈っていた。
そこにおばあさんがお墓詣りに来た。

「私は足が悪いから、草を刈ってもらえないと道がなくてお墓詣りをすることが出来ないの。先祖があって今の私がいる。先祖に感謝を伝えられることができるのは、草を刈ってもらっているから。本当に感謝しているわ。」

草は毎年伸び続けていて、
去年刈った形跡は何も残らない。
それでも夏になると汗をかきながらせっせと老人は作業をする。
始めてから既に十数年が経つという。


この物語を通して、多くのことを感じた。実際に細かく日記には記してある。
でも、改めて文章として物語を書いてみると日記に書いた言葉に違和感を覚えた。

「日記の言葉では足りていない。」

感じたことを言葉で表してしまうと
言葉という意味以上のものが伝えられず、どう表現しても、自分が感じた心の揺れの幅を伝えることが出来ない。これは自分の表現力の無さが起因しているのだけれども。

だからあえて書かないことにする。
ただ、自分が見た物語をそのまま残すという形で終えてみようと思う。
結論を決めず、書きながら考えていくスタイルでブログをやっているとこんなことにもなるってことで。

そしてこの自分勝手な文章を正当化するために今思いついた理由も書いておく。

この文章は、
最後は、万人ウケするもっともらしい考え方で締めるというありふれたブログに対するアンチテーゼだ。

(笑)

映画でも小説でも、
語りすぎず、含みを持たせた物語が実は好きだったりするんだよね。


Ryota Nagashima
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